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天手長比賣神社
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- 神社
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- 長崎県壱岐市
式内社
この社について
物部の田中触にある社で、延喜式神名帳の名神大社にあたる。中央に栲幡千々姫命、左右に稚日女尊と木花開耶姫命、豊玉姫命と玉依姫命を祭る。もとは幡ノ宮、五所大明神と呼ばれた。神功皇后の摂政二年の創建と伝え、嘉祥三年(850 年)十月に官社に準じるものとされ、仁寿元年(851 年)に正六位上の位を授けられて以後、たびたび神階を進められた。五月二十八日には軍越(いくさごえ)神事があり、異国を降し国家を安らかにする秘儀として、住吉神社の神職が馬に乗って参拝し幣帛を納めた。例祭は十月十三日。境内は七八〇坪。
江戸の記録では
この社はもと「幡宮五所比売大明神」と呼ばれ、延宝四年(1676 年)の式内社の改めで天手長比売神社に改められた、と幕末の記録は書く。慶安四年(1651 年)の御殿修造の棟札にはまだ「幡宮五社大明神」とあり、改称の前と後がそこで分かる。神宝の古鏡三面には箱書が残っていた。数百年のあいだ順序が定まらなかったが、藩主の命により延宝四年三月に嶺の頂の荒れ土から霊石が現れ、延宝七年(1679 年)八月の朝には社地から鏡三面が現れたので、箱に納めて安置する、という文である。神領は大神楽米六斗と祭米四升四合と五穀成就米三斗、それに一反一畝あまりの棚田だった。社は田中の車田山にあり、境内は東西二十四間ほど、馬場は縦三十五間・横三間と測ってある。
大正の記録では
大正の記録の編者は、この社の旧称である「幡宮」を手がかりに、祭神は本来 息長帯姫尊すなわち神功皇后であろうと説く。『神社考』が幡宮を征韓の役の幡大将の神を祭ることに起こる名と伝えるからである。もう一つの旧称「五所姫大明神」については、五柱の祭神という意味ではなく、俗説の「御所」すなわち皇室を指す語がなまったもので、解けば御所の姫神となると見た。そのうえで、この社を天手長姫神社としたのは、社号から祭神を栲幡千々姫尊と推し、その夫神を祭る社と並び立つはずだと速断した延宝四年(1676 年)の査定の結果にすぎないと断じ、式内の手長姫神社こそこの社の前身であろうとする『式社沿革考』の説に賛意を表している。
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