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大國玉神社
由緒
『特選神名牒』は祭神を大己貴命とし、この神の別名を大国魂神(おおくにたまのかみ)ともいうことによる名で、実はこの国の国玉神(くにたまのかみ)だろうとみる。いまの社も延宝以前は大國魂命を祀っていたと伝える。
いまのどの社か
明細帳と長崎県式内社記は志原村を採るが、神社考は「志原邑の田原天神(大原大明神とも書く)を大国玉神社としたが、田原天神は菅原道真で祭日は九月二十五日であり、川北邑の日吉山王も大己貴命で、しかも川北邑は昔は石田郡だった」と指摘する。式社沿革考は川北邑の日吉山王を大国主神社とみて、志原村ではありえないとした。