スポット
国分寺跡
- エリア
- 芦辺港周辺
- カテゴリ
- 歴史・文化、寺
- 所在
- 長崎県壱岐市芦辺町
江戸の記録では
幕末に国分寺を名乗っていたのは、ここではなく中郷村の寺だった。『壱岐名勝図誌』は、その寺がもとは阿弥陀寺で、長徳三年(997年)に恵心僧都が開いたものであり、元文三年(1738年)に国分寺と寺号を替えたのだと書く。そのうえで「国分寺の旧地は、いま国分村の阿弥陀寺という所である」と断っている。つまり撰者は、古い国分寺の跡がこちらにあることを知っていた。跡はいったん廃れ、「釈迦堂」という名だけが残っていたという。寛文二年(1662年)に松浦半左衛門信純が働きかけ、藩主が白銀百枚を寄せて再興した。古代の姿については『延喜主税式』を引き、壱岐島の島分寺には仏聖供料として稲一千三百七十三束余、法会の布施供養料として稲一万二千九百七十一束余が毎年あてられていたと記す。