スポット
比賣神社/登比川神社
- エリア
- 湯本湾周辺
- カテゴリ
- 歴史・文化、神社
- 所在
- 長崎県壱岐市郷ノ浦町
例祭月: 4月
この社について
黒崎の里触にある村社で、もとは比売大明神と呼ばれ、天稚彦命を祭る。『神社帳』には「黒崎の比売大明神。昔からのもので勧請した年数はわからない。社殿と拝殿があり、定例の祭は八月二十三日。神主は榊原彦之進」とあり、同じ書に寛文十三年(1673 年)の再建が見える。『吉野文書』は「黒崎比売大明神」と記し、享保十年(1725 年)に神幸が始まったと伝える。この社の姫神は、筥崎八幡宮の相殿に祭られている姫神と同じであると言い伝える。明和七年(1770 年)には国主の代参を願い出て許され、そのときの神主は榊原主膳であった。例祭はもと九月二十三日であったが、明治三十二年(1899 年)から四月三日に改めた。境内末社の登比川神社は日本武尊や倉稲魂命ほかを祭り、由緒も創立の年月もわからないが、大正十二年(1923 年)十二月に黒崎の字登比川から移されたものである。境内は七七六坪。
大正の記録では
この社は箱崎八幡宮の分霊であるという言い伝えを、大正の記録の編者は退けている。箱崎八幡宮の祭神のうち女神は海神玉依姫尊と神功皇后と仲日賣尊であり、この社の女神は比賣多々良伊須気余理姫尊と下照姫であって、同じ神でないのはもちろん何の共通点も見あたらない、だから右の伝説は単に思想上の構想にすぎない、という。創立が新しいという見方にも反論した。『名勝図誌』は元亀三年の『神名品書』に比賣大明神の名が無いことを根拠に後世の勧請だろうとするが、五十年後の元和年間の榊原氏の系譜に「初山から黒崎へ分家。以前は掛け持ち」とあるのだから、『神名品書』の脱漏と見るべきだ、というのが編者の判断である。