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高御祖神社
由緒
高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)を祀る。『扶桑略記』は延喜十八年(918)の太宰府解として、高御祖名神の社に内で乱れる音がし、炎光が照り耀いて東を指して飛び去った、と壱岐島が言上したことを伝える。卜部らは「島内に疾(と)く兵革(いくさ)あらん」と申したという。
いまのどの社か
諸吉(もろよし)村に当てる点は承応社記も明細帳も長崎県式内社記も一致する。ただし神社考は、諸吉邑の熊野権現が紀州田辺から勧請した伊弉冉尊を祀る田部権現であって高皇産霊尊ではない、と疑いを挟む。箱崎八幡神社の相殿にも高御祖神社が祀られている。