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スポット

阿多彌神社⁠‍​​‌​​‌​‌​‌​​‌​‌​

エリア
湯本湾周辺
カテゴリ
歴史・文化、神社、御朱印をいただける神社
所在
長崎県壱岐市勝本町
電話
0920-45-4145

式内社 例祭月: 4月

地図: 地理院タイル(国土地理院)。
出典: 壱岐観光ナビ / 当方確認 8/18 22:47

この社について

立石の東触、許等坂(ことのさか)にある社で、延喜式神名帳の壱岐郡「阿多弥神社」に当てられる。二十四座の一つで、大己貴命と少彦名命を祭る。『神社帳』には「『コトノサカ』の阿多弥神社。小社。定例の祭は九月十九日。昔からのもので、鎮座の年数はわからない」とある。仁寿元年(851 年)正月に正六位上の位を授けられ、元慶元年(877 年)と同八年には大嘗会にあたって幣帛が奉られた。延宝四年(1676 年)に藩主鎮信が木鏡の御正体と石額を献じている。例祭は四月十九日で、神幸式を行い大神楽を奉納する。境内は二五七坪。

出典: 『壱岐国神社誌』(1941 年)/ 『長崎県壱岐石田郡村要覧』(1894 年)。当方が読んで書き起こしました

大正の記録では

アタミという地名の由来をめぐる考えを、大正の記録は正面から扱っている。『神社考』は、立石村の琴之坂山に社殿も定例の祭も無い石神があったのを、その南百間余りに「アタミ畑」があるので地名にちなんで式内の阿多彌神社に当てたのだと説き、その畑は昔 薊が群生した所であってアザミがアタミになったのだから社号に縁はない、と退ける。編者の後藤正足はこれに対し、アタミは温泉の意味で熱海と同じだとし、医薬と療病の二神である大己貴神と少彦名神を祭神と推した橘三喜の意見をもっともだと認めた。文政八年(1825 年)には茅葺の上屋の造営があり、大正九年から十年(1920 年から 1921 年)にかけて境域を拡張して社殿を増築したという。

大正十五年(1926 年)に刊行された記録です。いまも同じものがあるとは限りません。

出典: 『壱岐神社誌』(1926 年) 第二編 第五節 鯨伏村神社誌。当方が現代語に起こしました

二十四座との対応

延喜式神名帳(927 年)に載る、この島の二十四座のうち、この社は次の座に挙げられています。千年前の目録がいまのどの社にあたるかは、江戸から明治にかけての考証書でも分かれています。

出典: 太宰管内志 / 特選神名牒 / 神社覈録 (国立国会図書館デジタルコレクション)

祭神から社を引く: 大己貴命を祭る社(16 社) / 少彦名命を祭る社(4 社)

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