今日の壱岐ikijima.com

このページの更新 9/10 11:05

幕末の二十四か村の産物

村の巻はどれも、はじめに村の向きと土地の等級を書き、続けて作物の名とその等級を並べています。その記事の多くは名勝図誌が自分で調べたものではなく、『郡鑑』『続風土記』という先行の書物から引いたものです。引いた本の名が記事に書かれていない村もあり、そこは表で「―」とし、当方が出典を補っていません。ここに置いたのは、その記事を 24 巻ぶん 1 枚にした表です。作物に付いた上・中・下・下々は、その時代の見方であって、当方の評価ではありません。

作物の名は原典に書かれたまま並べています。「大小麦」と「大麦・小麦」、「蕎」と「蕎麦」のように似た名をまとめていません。まとめれば当方の読み替えになるからです。田畠の広さ・石高・戸数・人口は二十四か村の表にあります。

島ぜんたいのこと(巻之一より)

村の巻に入る前に、第一巻が古い書物から引いた条を二つ。どちらも名勝図誌が引いた又引きです。

出典: 『壱岐名勝図誌』文久元年(1861年) 巻之一 事実伝説(当方が現代語に起こしたもの)

村ごとの産物(1861年)

名勝図誌が引いた本向き・地・風土地作物と等級海の産物・名産いまのどこか
巻之二諸吉村『郡鑑』東向き/地は広く/北東の風が当たる
大麦・麻
大小豆・木綿
下々 米・小麦・粟・稗・蕎麦・辛子
海藻・野菜
名産 大根
芦辺町
巻之三川北村『郡鑑』東向き/地は狭く/北風が当たる
稲・粟・大小麦・蕎麦・木綿
大小豆・稗・辛子
芦辺町
巻之四中郷村『郡鑑』北向き/地は広く/北風が当たる
稲・大小豆・小麦・粟・稗
大麦
蕎麦・菘・木綿
芦辺町
巻之五国分村『郡鑑』南向/地は狭く
米・木綿
下々 大小麦・大小豆・粟・稗・蕎麦・麻
原文は村の名を書かず「この村」とする
芦辺町
巻之六湯岳村『郡鑑』南風が当たる
芦辺町
巻之七深江村『郡鑑』南向き/地は狭く/南風が当たる
芦辺町
巻之八筒城村
石田町
巻之九石田村『郡鑑』南向き/地は狭く/南風が当たる
大小麦・大豆
下々 小豆・粟・蕎・稗・幸子・麻・米・木綿
石田町
巻之十池田村北風が当たる
稲・小豆
下々 大麦・粟
小麦・大豆・蕎麦・麻・木綿
和布・搗和布・海松・海蘿・海鹿尾・海栗・加勢多
石田町
巻之十一志原村『郡鑑』東向/地は広く/東北の風が当たる
米・大小麦・辛子・大豆
下々 小豆
麻・木綿
原文は黒角豆にだけ等級を付けず、地によりて美悪ありと記す
石田町
巻之十二初山村『郡鑑』南向き/地は広く/八風が当たる
大小麦・大豆・粟
米・辛子・小豆・蕎麦・稗・麻・木綿
石田町
巻之十三武生水村『郡鑑』南向き/地は広く/南風が当たる
大麦・粟・蕎上
中下 米・小麦・大豆・辛子・麻・木綿
原文はこのあと、一にいうとして中下の作物をもっと細かく並べた別の一覧を続ける
郷ノ浦町
巻之十四渡良村『続風土記』南向き/潮風が当たる
大小麦・菘・唐豆
中々 稲・早大豆・たかきび・八升豆
大豆・晩大豆・早晩粟・蕎麦・麻・木綿
下々 小豆・大角豆
和布・搗布・鹿尾藻・海苔・海松・ところてん・うに・かせ・さざい・蜷・鮑
郷ノ浦町
巻之十五半城邑『続風土記』南西向き/南風が当たる
稲・大豆・蕎麦・菘・麻
大小麦・小豆・粟・稗・木綿
蜷・海鹿尾
郷ノ浦町
巻之十六物部村『郡鑑』南向き/地は狭く/北風が当たる
木綿
大麦・稗
小麦・米・辛子・小豆・粟・蕎
郷ノ浦町
巻之十七住吉村『郡鑑』南向き/東南の風が当たる
稲・小麦・大豆・粟・稗
大麦・小豆・蕎麦・麻・木綿
芦辺町
巻之十八長嶺村『壱岐郡鑑』北向き/地は広く/西北の風が当たる
大小麦・米・大豆・粟・稗
小豆・蕎麦・辛子・麻
木綿
巻の標題は長嶺村だが、引かれた本は長峯村と書く
郷ノ浦町
巻之十九黒崎村『郡鑑』西向き/地は狭く/南北の風が当たる
大麦
大豆・小麦
米・小豆・粟・稗・蕎麦・麻・木綿
和布・搗布・鹿尾菜・海松・海苔・海栗・石陰子・貝類
郷ノ浦町
巻之二十立石村西北の風が当たる
大小麦
大小豆・蕎麦・粟
海草・貝類
勝本町
巻之二十一布気村『郡鑑』南向き/地は広く/西南の風が当たる
大豆・粟・蕎麦・大麦・稗
米・麻・木綿・辛子
下々 小麦
勝本町
巻之二十二本宮村
勝本町
巻之二十三可須村『郡鑑』南向き/地は狭く/西北の風が当たる
米・大豆・辛子・大麦
小麦・小豆・粟・稗・蕎麦・麻・木綿
勝本町
巻之二十四新庄村『郡鑑』南向き/地広く/北風当
米・小豆・麻
下々 粟・蕎麦・稗・小麦・辛子・木綿
下々 大豆・大麦
この村だけ、産物が村の名の由来を述べた段の割注に置かれている
勝本町
巻之二十五箱崎村『郡鑑』南向き/地は広く/西南北の風が当たる
米・大小麦・粟・稗・木綿・麻・辛子
大小豆
巻の標題は箱崎村だが、引かれた本は筥崎村と書く
芦辺町
出典: 『壱岐名勝図誌』文久元年(1861年)(巻ごとの村の巻。当方が現代語に起こしたもの)。引いた本の名は巻によって書き方が違い、巻之十八だけが『壱岐郡鑑』と書きます。表は名勝図誌が書いたとおりに出しています。

引かれた本の文

表の等級は、下の文を人が読み取って写したものです。引いた本の名が原文にある村は、その名を表の欄に示しました。書かれていない村は「―」としています。判読できなかった文からは写していません。

書かれていない欄

原典に無い欄と、判読できなかった欄です。当方は書き足していません。作物と等級が並んでいるのは 20 村です。

「いまのどこか」は当方の対応づけであって、原典の記述ではありません。いまの住所は町までにとどめました。

壱岐島とは幕末の二十四か村史料からの読み物

あそぶ