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西八幡神社
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- 長崎県壱岐市
この社について
初山の西触にある社で、仲哀天皇と応神天皇と神功皇后を祭る。『式社沿革考』は「遠い昔には村の宗廟であった。中世から同じ村の鏡岳権現を村の宗社とするようになった」と記す。『続風土記』によれば、村を初山と呼ぶのは、人が住みはじめたときにまず八幡宮が鎮座し、その後に初島大明神が鎮座して、これらの神の土地から山を切り開いたことにちなむという。そのため創建は古いとみられる。この村の神職はもと長田と称し、中世に榊原氏と改めて代々社務を継いだ。初瀬湾のほとりに三所権現が現れて勢いを増したため、宗社の名をそちらへ譲ることになったらしい。例祭は九月十八日で、神幸式を行い大神楽を奉納する。境内は三〇〇坪。
大正の記録では
毎年八月十八日に鋸の浜へ神幸したと、大正の記録は『名勝図誌』から引いている。承応の社記がこの社を式内の爾自神社と記すのは能くかなっている、というのが編者の受け取り方である。編者は、この社が創立の際は爾自神社として式内社であったが、後年に東嶽へ社格が移り、社号だけがこの社に残ったと説く。そのうえで、延宝四年(1676 年)の改めのときに長峰村有安の東風大明神の社地が西の山と称する縁によって爾自神社の社号がそちらへ移され、東風大明神が式内の爾自神社と査定されたのだと述べている。この村は島の南端にあって北九州に接近する位置にあるから、大陸の文化を比較的多く吸収して神社の創建も早く、由緒の深いものが少なくないだろう、とも書き添えた。