スポット
角上神社
- カテゴリ
- 神社
- 所在
- 長崎県壱岐市
式内社
この社について
湯岳の都上にある社で、延喜式神名帳の壱岐郡「角上神社」に当てられる。二十四座の一つ。素盞鳴尊を祭り、昭和十三年(1938 年)に若宮神社を合祀して仁徳天皇ほかを加えた。嘉祥三年(850 年)五月に官社に列せられ、仁寿元年(851 年)春正月に正六位上の位を授けられた。『壱岐神社帳』には「トカミの角上神社は小社である。上屋があり、定例の祭は九月十八日。昔からのもので鎮座の年数はわからない」とある。延宝四年(1676 年)に木鏡の御正体と石の祠が献じられ、藩主鎮信の在判が残る。例祭は九月十八日で、大神楽を奉納する。境内は四四〇坪。
大正の記録では
この社は延宝四年(1676 年)に新しく勧請されたものだと、大正の記録ははっきり書いている。もともと式に登録された角上神社は柳田村の「つのかみ山」に鎮座する「つのかみ大明神」であったが、後年これを「つのへ神社」と訓むようになり、さらに津上神社の用字が生まれて本来の用字が忘れられた。そこで査定のとき、那賀村湯岳の「とかみ山」に角上神社として新たに勧請し、もとの社は津上神社から津神社となって柳田村にとどまった、という筋である。編者は付記として、この「とかみの辻」に中古の城壁があり、永禄年間に豪士が立てこもって悪事を働いたので、唐津の喜志岳の城主である波多家が臣の横田右衛門尉秀定を討手の大将として差し向け、四方から火を掛けて攻め落としたという横田文書の話を添えている。
二十四座との対応
延喜式神名帳(927 年)に載る、この島の二十四座のうち、この社は次の座に挙げられています。千年前の目録がいまのどの社にあたるかは、江戸から明治にかけての考証書でも分かれています。
- 第 12 座 角上神社筆頭
近くのスポット(3 km 以内)
- 総社神社約 0.6 km
- 正一位稲荷大明神約 0.7 km
- 與神社約 0.8 km
- 興神社約 0.8 km
- IKI TAIBARU AUBERGE BONHEUR約 0.8 km
- バナナジャングル体験をしてバナナジュースを飲もう約 1 km