スポット
白沙八幡神社
- エリア
- 印通寺港周辺 壱岐空港周辺
- カテゴリ
- 歴史・文化、神社、御朱印をいただける神社
- 所在
- 長崎県壱岐市石田町
- 電話
- 0920-44-5353
- 駐車場
- あり
例祭月: 11月
この社について
筒城の白沙浜にある郷社で、もとは筒城八幡宮といった。応神天皇と神功皇后と仲哀天皇に、仁徳天皇、玉依姫命、武内大臣をあわせ祭る。社記は、延暦六年(787 年)八月に豊前国宇佐から、異国の賊を降し国家を守る神として勧請したものだと伝える。だから大神殿は辰の方角を向けて建ててある。この本が引く『壱岐名勝図誌』は、八幡大神が海を渡ってきたとき逆風で七日も船がかりした場所を神瀬(かみせ)と呼び、浜辺の清水で手を洗ったところを御手洗(みたらい)と名づけたという古老の話を載せる。拝殿のなかには韓櫃石(からひついし)と呼ばれる石があり、拝殿を改築するたびに人々が畏れて動かせないでいる。昔は神輿が七台あったが今は三台で、輿ごとに担ぐ村が決まっていた。例祭は十一月十五日で、神幸式を行い大神楽を奉納する。境内は四五五二坪。
大正の記録では
鎌倉時代の文書が三通、大正の記録に写されている。文永三年(1266 年)七月五日に管城社の検校代である季重が上洛するにあたって見参料として黒毛の牛一頭を納めた証、建治三年(1277 年)八月十九日に大宮司 能俊の見参料の牛一頭を銭一貫文の代で納めた証、そして弘安三年(1280 年)八月十九日に源勝を惣検校職に補任し、給田一町と弥勒寺三昧田五段を宛てた寺家公文所の下文である。編者は、検校職とりわけ惣検校を置くのは八幡宮に限るとし、社職が地頭職を兼ね毎年の見参料を納めていたのだから尋常の小社ではありえず、この地に式内の大社である海神社の鎮座を認めたい、と説く。祭神七柱のうち右殿の玉依姫尊が海神豊玉彦命の女であり、神幸の最後の一の神輿にこの神を遷す古例があることを、その裏づけに挙げている。
二十四座との対応
延喜式神名帳(927 年)に載る、この島の二十四座のうち、この社は次の座に挙げられています。千年前の目録がいまのどの社にあたるかは、江戸から明治にかけての考証書でも分かれています。
- 第 17 座 海神社論社