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中津神社
- エリア
- 勝本港周辺
- カテゴリ
- 歴史・文化、神社
- 所在
- 長崎県壱岐市勝本町
式内社 例祭月: 3月
この社について
新城の北触にある郷社で、もとは中津宮といった。天津日高彦火瓊瓊杵尊と天児屋根命と天太玉命を祭る。延喜式神名帳の壱岐郡「中津神社」に当てられ、二十四座の一つ。『吉野文書』は「壱岐郡を管領する神社」と記し、元禄の『壱岐神社帳』には「河角の中津神社。定例の祭は九月十四日」とある。延宝四年(1676 年)六月に藩主松浦家から木鏡の神体と石の額を献じられた。造営は社家の吉野氏の系譜にたどれ、享徳三年(1454 年)、文亀元年(1501 年)、天正四年(1576 年)、万治四年(1661 年)の遷宮が記録に残る。明治十六年(1883 年)に郷社となり、大正二年(1913 年)に志賀神社を合祀して海の三神をあわせ祭るようになった。例祭は十月十五日。境内は六七六坪。
大正の記録では
大正の記録の編者は、この社を式内の中津神社とすることに正面から疑いを述べている。中津神社は名神大社で由緒が高いのに、元禄五年(1692 年)の神社帳はこの社を「社・拝殿あり」と記して宝殿を挙げない。明治元年(1868 年)の書上帳も正殿の桁行を四尺二寸七分、梁行を二尺九寸五分とする。郡の管領神である社がこれほど小規模でありえようか、というのである。そのうえで編者は、式内名神大の中津神社は勝本の聖母宮に当てるべきだとする考証に賛成し、この社は中津宮の称が同じであるために延宝の査定で式内社に列せられたのだと結んだ。明暦二年(1656 年)八月の『新城村若宮御祭礼記』が、この社を若宮大明神の末社として神事を勤めるべきものに数えていることも書き添えている。
二十四座との対応
延喜式神名帳(927 年)に載る、この島の二十四座のうち、この社は次の座に挙げられています。千年前の目録がいまのどの社にあたるかは、江戸から明治にかけての考証書でも分かれています。
- 第 9 座 佐肆布都神社合祀
- 第 11 座 中津神社筆頭
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