スポット
聖母宮
- エリア
- 勝本港周辺
- カテゴリ
- 歴史・文化、神社、御朱印をいただける神社
- 所在
- 長崎県壱岐市勝本町
- 電話
- 0920-42-0914
- 駐車場
- あり
例祭月: 10月
この社について
勝本浦の正村にある村社で、息長足姫尊(神功皇后)と足仲彦尊に住吉の三神ほかをあわせ祭る。社伝によれば、この地は神功皇后が三韓征伐に行き来したときに船を着けた場所で、帰りに異国の賊の首を埋め、その上に神符を掛けて、末の世まで異国が野心を起こさぬよう断ち切ると誓ったという。皇后の没後、その場所に社壇を設けて祭ったのが始まりと伝える。養老五年(721 年)に異敵が襲来したとき霊験があったので勅使が派遣されて社が再興され、天平宝字五年(761 年)の鎮西五社の再興にもこの社が入る。社殿を北西に向けてあるのは、異国の賊を降す証しだという。例祭は十月十日から十四日まで。境内は五四二坪。
大正の記録では
大正の記録は、明治三年(1870 年)に祠官が職を解かれた事件を書き留めている。勝本浦の対岸の若宮島に鎮座する社の神が飛び去ったという噂が立ち、祠官の吉野将尚俊が占いで神慮をうかがって当局へ上申した。城代からは、神はかねてどこにいてどのようなものか、在と不在を知ることができるのか、と問われている。閏十月十九日の宣告は、誠と敬のあるところに神は在るのだから飛び去る道理はない、風評があっても道理を説いて人心が動揺しないよう諭すべきところを、かえって煽り惑わせた、と断じて神職を取り上げた。編者の後藤正足は、この失策で一千年余り続いた名家が一時絶えたことを惜しむと書いている。
二十四座との対応
延喜式神名帳(927 年)に載る、この島の二十四座のうち、この社は次の座に挙げられています。千年前の目録がいまのどの社にあたるかは、江戸から明治にかけての考証書でも分かれています。
- 第 8 座 手長比賣神社論社
- 第 11 座 中津神社論社
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