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この島の史料

このサイトの神社と歴史の面は、手書きの紹介文ではなく、江戸から昭和にかけて編まれた 13 冊の本から起こしています。ところが「郡鑑にいう」という引用を読んでも、それが何年の何の本なのかを知る道が、これまでどこにもありませんでした。ここに置いたのが、その 13 冊の一覧です。下の書誌は当方が調べて書いた説明であって、本そのものが言っていることではありません。

誰でも読める本と、そうでない本

国立国会図書館デジタルコレクションでの扱いを 1 冊ずつ確かめたところ、当方が底本にした本のうち 5 冊はインターネット公開で、誰でも本文の画像を開けます。残る 2 冊は送信サービス限定で、利用の登録をした人しか開けません。

後者の番号は、このサイトのどこにも書きません。限定の複製を指す番号を配ると、その複製へ人を誘うことになるからです。代わりに、出典として挙げるのは複製ではなく原典そのものとし、書名と年だけを書いています。台帳の側でも、その区分の本には番号の欄そのものを作っていません。

面の底本(7 冊)

書名成立撰者どういう本かデジタルコレクション使っている面
壱岐国神社誌(いきのくにじんじゃし)1941 年長崎県神職会壱岐支会島の全社を、鎮座地・祭神・例祭日・境内地・由緒沿革の順に並べた神社誌。巻頭に式内神社一覧と旧藩主崇敬神社一覧の 2 つの目録を置く。紀元二千六百年(1940 年)の記念事業として編まれ、翌年に出た。インターネット公開(pid 1035221)
長崎県壱岐石田郡村要覧(ながさきけんいきいしだぐんむらようらん)1894 年壱岐石田郡役所郡勢の要覧。村ごとの沿革・地勢・戸数・人口・産業とあわせて神社の項を置き、社名・社格・鎮座する字・由緒の順に列記する。式内の大社から字ごとの小祠まで、当時の全島の社が村ごとに並ぶ。インターネット公開(pid 807965)
神社覈録(じんじゃかくろく)
当方は成立年を確かめていない
中臣連胤延喜式神名帳の社を一座ずつ註した考証書。訓みと祭神と、どの社に当たるかの説を並べる。二十四座の面は、この本の読み方を骨格にしている。インターネット公開(pid 991015)
特選神名牒(とくせんじんみょうちょう)
当方は成立年を確かめていない
敷田年治ほか 校訂同じく神名帳の考証で、祭神のほかに明治期の社格と、当時の行政村での所在も記す。二十四座の面では、この本の見方を覈録と併記している。インターネット公開(pid 971155)
太宰管内志(だざいかんないし)
当方は成立年を確かめていない
伊藤常足九州の国ごとの地誌で、この島の分もある。二十四座の面では、上の 2 書とあわせて参照している。インターネット公開(pid 766662)
壱岐名勝図誌(いきめいしょうずし)1861 年後藤正足
撰者の名は当方の材料のなかで割れている。1926 年の書はこの地誌を、別の名の二人の共著として挙げる。同じ家の別人かどうかを当方は確かめていない。
島を村ごとに二十五巻へ分け、地図と図絵を添えて、社寺・名勝・故事・伝説・産物を記した地誌。第一巻は総説で、第二巻からは一村一巻。当方の書誌の控えでは、嘉永三年(1850 年)に編纂が命じられ、11 年後に成ったと整理している。送信サービス限定
当方が読んだのは 1975 年に出た翻刻本の複製で、送信サービスでしか読めない
壱岐神社誌(いきじんじゃし)1926 年後藤正足
著者は元治元年(1864 年)の生まれと当方の材料は記す。1861 年の地誌の撰者と名が同じだが、生年からして同じ人ではありえない。
第一編に総説、第二編に村ごとの神社誌を収める。国幣社・郷社・村社と、専属の神職を置く無格社、および式内の無格社を録すると例言にいう。送信サービス限定
当方の手元の写しは、個人向けの送信サービスに由来する
件数は各面の台帳から数えたもので、確認 2026-09-10 時点の数です。

引用のなかに名の出る本(6 冊)

上の本が本文で引いている書物です。成立年も撰者も、当方は確かめていません。だから書名と、どの面に名が出てくるかだけを並べます。当方はこれらの本そのものを読んでおらず、引用として読んだだけです。

書名名が出てくる面
壱岐国続風土記
壱岐郡鑑
神社考
神名記
見好書
厚顔抄

現代語に起こした本文そのものは公開していません。読めるのは、上の面がそこから起こした表と解説です。

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